
♪湘南・茅ヶ崎は、例年になくまだまだ肌寒い日の連続。風薫る5月が恋しくなる。海辺に居をかまえて10年ばかりの時が流れた。東京に住んでいた頃の洋楽志向に、この土地は変化球を投げてくれた。最近は、ジャンルに拘らない聴き方になってきた。茅ヶ崎のゆったりとした時間の流れが、こうした聴き方を招くに違いない。

鎌倉のカフェ「ディモンシュ」にも時折お邪魔するようになった。ブラジル音楽の第1人者堀内さんが経営する素敵なお店だ。名物料理はオムレツだが、なんといっても店内に流れるお洒落な音楽が気に入っている。さすが音の達人だ。ボサノバだけでなく、カフェに似合うノン・ジャンルの洋楽が、決して読書や会話を邪魔することなく流れている。堀内さんがコメントをお書きになっているテキサスのジャズ・コンボのCDが、久しぶりに胸をときめかせてくれた。鎌倉のインディ・レーベル「バッファロー」から発売されたトーチの『ビフォア・ザ・ナイト・イズ・オーヴァー』(BUF-123)がそれだ。シーラというカナダ出身のヴォーカリストがフィーチャーされていて、これがスモーキー・ヴォイスでなかなかの味わい。ヴォーカルは、いま話題のノラ・ジョーンズをイメージさせる。でも少しばかり趣がちがう。本格的なジャズ歌手が醸し出す押し付けがましいところが感じられない。彼女はもともとシンガー・ソングライターなのだが、ジャズにほれ込んで唄うようになったとか・・・。

茅ヶ崎でもお洒落なカフェを発見した。海沿いに走るルート134に寄り添うようにひっそりとかまえる「ミディアム・プラス」だ。快適な空間は、ユーミンのうたでお馴染みサーフ・ショップ「ゴッデス」の2階。窓際の席からは、春のあたたかい陽射しを波間にいっぱい受けた美しい海が観える。地元サーファーもよく出入りするらしく、いま話題のジャック・ジョンソンや、ドノヴァン・フランケンレイターなどのCDが流れている。ここでもバッファローから発売されているシム・レッドモンド・バンドの新作『シャイニング・スルー』(BUF-122)が話題だとか・・・。レゲエやワールド・ミュージックを素材としたアコースティック・ロックのシム・レッドモンド・バンドは、サーファー・コミューンから生まれたヒット・アルバム だという。バッファロー・レコードのアンテナって、時代とマッチしている。これも鎌倉に居をかまえるバッファロー・レコードのなせる業なのか?湘南のゆるいときの流れは、音楽志向も変えてしまう。東京時代は、濃いアメリカン・ミュージックにズブズブだったが、いまはその面影もない。ボブ・ディランやエリック・クラプトン、ザ・バンドなどのアナログ盤が、我が家のターンテーブルにのることが減ってきた。あれほどロックにこだわりを持っていたのだが、そうした気持ちがなくなってきた。いやはや湘南に吹く風に吹かれて洋楽の聴き方も変わってしまった。

トーチやシム・レッドモンド・バンドやジャック・ジョンソン、ドノヴァン・フランケンレイターなどの音楽に共通するものを感じた。まず音楽業界に毒されていないことだ。ヒット曲に一喜一憂する音楽シーンとは、明らかに一線を画している。ほとんどが口コミで広がったといってよい。若い洋楽ファンの聴きかたは、むかしぼくらが活字やラジオから情報を得た方法とは違ってきた。カフェからの洋楽入門も新しい流れだろう。こうした背景を如実に物語っているのが、いまのロック誌だ。先に挙げたミュージシャンは、洋楽啓蒙(!?) を推進するロック雑誌でも取り上げられることはない。もうひとつ感じられるのは、いずれも素人っぽさが漂っている。つまり聴き手との距離感がまったく感じられない。ここは大きなポイントだろう。
はるか遠いアメリカン・ミュージックの歴史の中で、距離感がない音楽が存在していたという。「パーティ・ミュージック」だ。1920年代から30年代のアメリカ南部では、良き隣人を招いておこなわれる音楽パーティが盛んだった。居間や納屋、庭などで催され、高い舞台は存在してなかった。ミュージシャンと聴き手が同じ位置に存在した。ぼくはこうした音楽を「フラット・ミュージック」と勝手に呼んでいる。代表的なパーティ・ミュージシャンを挙げておこう。ロバート・ジョンソン、ミシシピ・ジョン・ハート、メンフィス・ジャグ・バンド、エリザベス・コットンなどだ。いうまでもなく黒人ミュージシャンが多い。南部白人勢をあえて挙げればカーター・ファミリー、アンクル・デイヴ・メイコン、チャーリー・プールなどだろう。ミュージシャンを囲んでの楽しいひとときは、やがてブルースやカントリーといった音楽産業を生み出していった。