Atelie-Opa

常に自分自身に夢と目標を

外国人として初のムエタイ王者

藤原ジム代表ムエタイ格闘家の藤原敏男氏に聞いた

 1948年3月3日、岩手県出身。56歳。 日本キック界が生んだ不世出のキックボクサー。 69年後楽園ホールでデビュー。 78年にはモンサワン・ルークチエンマイ(タイ)を4回KOで破り、 ラジャダムナンスタジアム認定ライト級王座を奪取。 外国人として初めてのムエタイ王者となる。 他に全日本キックボクシング初代ライト級王者、新格闘術世界同級王者としても活躍。 以後83年に引退するまで通算141戦126勝(97KO)という驚異の戦績を残す。 現在は藤原スポーツジム代表。キックボクシング界の革命を起した人物である。 藤原敏男キックボクシング35周年を記念して開催された「藤原祭り」は、今では年末恒例となり、トップクラスの選手たちが藤原氏を慕って試合を展開。 さらに藤原氏は昨年末の興行で、初代タイガーマスク(佐山サトル)とタッグを結成し、 桜井マッハ速人・小林聡とエキジビジョン・タッグマッチに挑み、56歳とは思えない肉体美と闘魂を見せたのだった……。 常にアグレッシブな精神を見せる藤原氏。彼を奮い立たせる中心部分を追ってみた。 彼のこの闘魂を生み出す彼のこだわりとは何だろう?

負けた自分に納得いかない

神聖な闘いの場所、リング

 「20歳のとき、遊びでキックボクシングをはじめたのがきっかけ。プロになる気なんて全然なかったよ。だから、遊びでやっている時と実際にキックボクシングの世界に入ってからの感覚は一緒だった。ちょっとバトミントンやるような、そんな遊び感覚。そこからすぐデビュー戦で苦労もなく一勝したからますます「こんなもんか」と思ったよ。でも2試合目、3試合目はこてんぱんにやられた。これが響いたな。遊びでやり始めたのに納得いかなくなって、本格的にはじめようと思った。負けてしまった自分に対して納得いかなくなってしまったんだ。」はじめから成功しているわけではない。この2敗が藤原氏をキックボクシングにのめり込ませていった。そこからは猛特訓の末、29連勝を成し遂げる。まさに前代未聞。4年近く無傷でいたのだ。その間にチャンピオンにもなり、日本では藤原の相手はいなくなり、ムエタイ王国タイでの試合を始めるようになった。

再起不能と言われて・・・

コーヒーを飲みながらきさくに話す藤原氏

 キックボクサーとして絶好調の日々を歩む毎日。しかし、27歳の頃、足に再起不能と言われるほどの大怪我をしてしまう。キックボクサーとして最大のアクシデントだ。そのとき藤原氏のみならず、キックボクシング界に電流が流れた。「プロは通常の人より2倍も3倍も練習をし、毎日足を酷使する。それが突然、プツッと切れたんだね。職業病だよ。足がパックリ切れてしまっったんだ。一ヶ月の入院生活をしたんだけど、体のみならず。メンタル面が壊れたね。もうリングには経てないと思って絶望的になったよ」

走り切ったら復帰しよう

世界を制したそのキックを見せて貰った

 一ヵ月後、退院した藤原氏はここから驚くべき行動をとる。自分への、そしてキックボクシングへのこだわりを体現するのだ。「退院してから一週間後に皇居一周マラソンに参加したんだ。ゆっくりだけど完走できたことがすごく嬉しかった」このマラソンで満足したのか、藤原氏は栃木県で療養生活を始める。「もう復帰する気はなかったからねぇ。ゆっくり過ごそうと思っていたよ。でも、このぐらいの時期からアメリカのマーシャルアーツというプロ格闘技軍団が日本に乗り込んできたんだ。ベニーヒルという選手ががすごく強くてね。そのとき「こいつと戦わなくちゃいけないんだろうな」って思ったんだ。もう、使命感が宿ったという感じ(笑)。俺しかいないって思ったよ。だから退院してから2ヶ月後、栃木の小山から巣鴨まで走り切ったら復帰しようと自分に賭けをしようと思ったんだ」

自分自身に夢と目標を持つこと

ジムに掲げられた「道場訓」

 この思考回路。キックボクサーは頭で考えず、足が物を考えるのか? と思ってしまうほどだ。無茶にもほどがあるこの行動、藤原氏は体より精神で走りきった。この使命感を肉体で現す。俺しかいないという自信。自分自信へのギャンブルを勝ち取る力。それはどうすれば持つことができるのだろうか?「常に自分自身に夢と目標を持つこと。夢はどんなに儚くてもいいから持つ。しかし、目標は短期、中期、長期の3つに分けて設定するんだ。これを持ち続けていたから俺はやってこれたんだと思う。マラソンも、一つの過程としてこなした。この精神の持ち方がこだわりだったんだろうね。今はジムのオーナーとして、選手との意思の疎通をいかに取れるかを考えている。選手にはまず周りに気を使うこと。そして生理整頓すること。あとは毎日の練習を怠ることなく、創意工夫を考えながら、練習させる。コーチから言われたことのみをやるのではなく、自分なりの練習方法も見出させる。いろいろなパターンを想定させることがリングの上で生きるんだ」

リングだけが戦いじゃない

門下生のキックを受け止める藤原氏

 藤原氏は飲んでるときも、いつ誰が襲ってくるかを想定して飲んでいるという。カラオケのときもそう。マイクは2個持ち、ひとつは襲われたときよう、もうひとつは歌うよう。遊びのときでも、ご飯のときでもパッと戦いの場として考える。これが世界と戦ってきた男の日常なのだ。やはりすごい……。 「毎日、いや毎秒が戦い。リングだけが戦いじゃない」この考えがキックボクシングの歴史を変えた。常にキックボクシングをベースに考える、思考のこだわり。一生現役・藤原敏男。彼の戦いに対するこだわりはまだまだ終わらない。


■information
*練習生募集中*
格闘技に興味のある方、体力づくりをしたい方、思いっきり汗を流したい方!老若男女、誰でもいつからでも始められます。
アマチュアクラス
土曜・日曜 AM10:30〜12:30
藤原ジム(代表・藤原敏男)
〒116-0003 荒川区南千住1-15-5
TEL:03-3805-1457

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